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照井康文 Yasufumi Terui / Japan
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2008年01月13日
假屋崎省吾の土
假屋崎省吾と出会ったのは20年ほど前、私が神田の真木画廊を中心に作品発表をしていた頃で、彼も同じ画廊で作品を発表していた。当時私は所沢に住んでおり、假屋崎省吾も近くに住んでいたのに加え、彼と私は同い年ということもあって気があった。その頃の假屋崎省吾は「土」を活けていた。
假屋崎省吾といえば現在、華道家、タレントとして 知らぬ人がいない程の有名人であるが、私にとって假屋崎省吾といえば美術家なのである。正直、彼が華やかな道を歩みだしてからの作品展に行ったことがあるが、昔の作品を知っている私にとってそれは依然感じたほどの衝撃を与えてくれるものではなかった。
假屋崎省吾の「土」を見たとき、そこにはただ土が盛られているだけであったが私の中では即、それが活花と結びつていた。それは衝撃的であった。
華道家にとって土がどのような意味をもつのか、持たないのか私は知らない。しかし植物にとって土がどのような存在意味をもつかは誰にでも理解できるところであろう。
一時期私は押し花に凝っていた。押し花を撮影して写真作品を作ることが目的であったが、その時点では押し花の力を上回る写真作品を作れなかったのである。それきりそれは頓挫してしまったが、あきらめてはいない。
一般的に活花では植物によって植物で表現する。絵描きは絵具によって絵具で表現する。
では写真とは何によって何で表現するのか。カメラによってプリントで表現するのか。光によって光で表現するのか。事象によって画像で表現するのか。素直な答えが出てこない。カメラは活花でたとえれば花を活ける手であり、絵描きでたとえれば筆であろう。つまりは表現するための道具なのであろう。カメラの前にたたずむオブジェクトとプリントで表現された画像。それらは同一の物ではないが我々はそれらを同一の事として理解することが可能なのだ。
※写真と假屋崎省吾とは関係有りません。
2008年01月07日
ウォーターマネー
水不足の時代を向かえようとしている。オイルマネーからウォーターマネーの時代へ。石油は生物の残骸が何百万年もかけて造られたものである。水は生物が生存していくのに欠かせないものである。人間は生物の死から生まれた物質の次に、生物の生にかかわる物質をも奪い合おうとしている。特に水は人間だけに必要なものではなく地球上の全ての生き物にとって必要なものであり、如いては美しく青い地球の姿そのものにもかかわる問題を含んでいる。
芸術(美術)は人間にとってどのような意味があるのだろうか。丹頂(大型のツル)の夫婦による美しい舞は芸術的とも言えようが、丹頂にとってそれは芸術的に舞っているのではなく、舞が芸術的なのであり、そこには目的と必然性がある。蝶の翅の模様や美しい虫の鳴き声なども同様であろう。我々は何のために芸術を必要とするのか。何を芸術と呼ぶのか。芸術とは何か。「曖昧な問いと答え」を含んだ芸術。ほとんどの民族(原始的な民族も含む)には固有の文化や芸術があるのだから、人間という生物にとってそれには何か必要性があるのだろうと思う。
我々人間が原始生活に戻ることは出来ない。芸術の根本に戻ることも出来ないし、機械を使わない生活に戻ることも出来ない。今の時代の人間が「地球上の生物」が生き延びていく術をいつか持たなくてはいけないと思う。
2007年10月16日
0と1の絵画
ここ一ヶ月ほど写真から遠ざかって絵を描いている。シリーズタイトルは「0 with 1」。0(ゼロ)と1だけによる絵画です。
宇佐美圭司の著書「絵画論 描くことの復権」(筑摩書房)をしばらくぶりに読み、自分の変換装置を見つけた思いで描いています。
0と1は数字としての意味の外、記号として意味を持ちます。そして0にどんな意味・認識・解釈・仮定を与えるのか。そして1も同様。そして0と1の差違とは何か。共通項目は何か。0自体の表現・主張はどこまで可能か。1自体も同様に。もしくは単純に0と1であるのか。
アナログ写真は無限に近いほどのグラデーションを持った銀塩粒子であり、デジタル写真は基本的に0と1の世界で成り立っている。0と1で表現できないかと考えていた。
変換装置とは、何かを表現(行動)するために、それ無しでは表現(行動)できない“手段”のことである。奇妙な動作をとる人がいる。健常者には彼の動作や行動が異常に見える。しかし彼にとってそれは必然的な事態なのであり、それによって彼の表現が行われているのである。それを異常と決め付けてはならない。
何かを表現しようとする者、それで悩んでいる者。何を表現してよいかわからない、ということは本来無いはず。ただ気づいていないか、変換装置と出会っていないだけである。
2007年07月13日
表現手段としての写真
表現手段として写真を選ぶ美術家がいる。彼の表現にとっては写真が必要なのであるから、すなわち写真を知っているのであろう。写真が目的なのではないから、あえて「写真とは何か」を考える必要がない。写真という表現手段を選んだ時点で写真の特性を理解しているのである。
一方、純粋に写真の世界から入っていった人たちがいる。私もその一人である。16歳から写真を撮り続けているから早33年になる。写真大学を卒業し、スタジオ勤務を経験し、写真館、カメラ店にも勤め、現在は写真が本業でなくなってしまったが相変わらず写真作品を作り続けている。時に絵画にも挑戦したが、結局のところ「写真とは何か」を理解するための行為であったようだ。そして今でも時折「写真とは何か」と考えてしまう。本当はすでにそのことを知っているのかもしれないし、さらに知ろうとしているのかもしれないし、本当に知らないのかもしれない。いずれにしても、もがき続けているのである。
フランスのアンジェ・レッチア
Ange Leccia
という美術作家が表現手段として写真画像やビデオ映像を用いている。写真がどうとか映像表現がどうとかいうものではなく、作品自体に美術としての力と彼を見ることが出来る。どう撮影しようとか、見せようとかではなく、そこではただ作品が主張をしているだけである。
しかし、写真で表現を行う者達にとって彼の作品に感動を得る人は多いであろうか。少ないかもしれないと思うのである。彼の作品を写真や映像として見た時なんら魅力を感じないのかもしれない。それでも私自身にとっては、どのように見ても考えさせられ、多くの刺激を与えられてしまうのである。
2007年06月29日
道具
美術の起源として現在確認できるのは約3万年前の旧石器時代。絵、彫刻、浮彫、刻線画などである。現在の美術では様々な試みが行われているが、絵画、彫刻はその中にあって未だ主要な位置を占めている。美術とまでは言わなくとも幼少期の子供たちが好んで絵を描いたり粘土細工に熱中したり、砂浜に絵を描いたりするのは周知のことです。旧石器時代の絵や彫刻などを美術の起源として位置づけた場合、現代の絵画や彫刻、それらの基本姿勢と表現が古代からほとんど変化していないということに驚きと感動をおぼえる。
写真は絵画から生まれたと前に私は書いたが、写真は絵画ではないとも考えている。写真の歴史はまだ200年に満たない程度。美術の歴史全体で考えるとその中の終盤、1%に満たないのである。
美術においての写真で特記すべきことはカメラという道具、デジタル写真においてはそのデータを処理する変換装置(パソコン等)という道具である。絵画や彫刻においては、必要なら特殊な道具を必要としないか、もしくは自ら道具になれる、道具を作れるであろう。写真ではカメラ、フイルム、印画紙、メディア、パソコン、プリンター等など、実に様々な自分では作り出せない道具が必要なのだ。
写真を美術として考えた場合、それは特殊な美術なのかもしれないと思う。絵描き人が自分の必要性において技量を磨き、絵の具を吟味し、作り出すように写真家も道具を使いこなし、体の一部にまでするのかもしれない。
2007年06月16日
彼の画像
古代の洞窟壁画は記憶によって描かれた。洞窟内に野生生物を持ち込んで描かれたとは思えない。後に直接スケッチする事により、より正確な絵を描くようになるのであるが記憶というものから脱したわけではない。カメラ・オブスクーラの考案により画家はさらに性格で遠近法を持った絵を描くことに熱中し始める。その頃、カメラ・オブスクーラで映し出された映像を直接定着させ、画像としたのが写真の始まりと考えられている。写真は絵画から生まれてきた。一方絵画は自ら生み出した写真に大きな影響を受けることになる。
映像は画像ではない。映像とは映し出された像である。顕微鏡で見る映像、望遠鏡で見る映像、鏡に映る姿(世界)、モニターに映る映像・・そして今この時、自分が己の目で見ている世界(脳に映し出されている映像情報)。それらは事象であり、事物である。物を見ていてもそのこと自体が物であることはないのである。
絵と写真は画像である。絵は人の手によって描かれた画像であり、写真は光によって描かれたそれである。絵は描くその人の記憶、経験、感情、手法・・によって描かれる。彼の色、筆跡、厚さ、マテリアル、そして時に無であることも。写真が人の手によらない画像であるとは言っても、実際撮影しプリントする時には人為的行為が必然的に存在するのであるから、時に、彼らしい写真という物が生まれてくるのである。カメラという機械を操作し、フイルム(メディア)に光の軌跡を記録していくのは私という個人である。そこに私は自分自身の行為を実行するのである。私のひねくれた根性が少しだけ画像を歪ませ、スローシャッターが光の軌跡を流す。感情を捨て、無になって絵を描いても、写真を撮影しても、写真を描いても、そこに彼はいるのである。
2007年06月10日
記録
文字の起源は4500年程前といわれている。単純な絵から始まり、当初は言語的意味を持っていなかったようだ。洞窟絵画の歴史はもっと古く約3万年前とみられている。どのような目的で絵画や文字が使用され始めたかは今の我々には知る由もないが、後に記録としての意味を持ち合わせることとなる。持ち合わせるとは、それ自体が目的ではない場合があるということである。絵を描くとき、ただ描きたいから描くことがある。文字にしても習字に見られるように絵画的な文字を書くこともある。
写真ではアナログ、デジタルを問わず原理的に光を記録することにより成り立っているため、記録という事態から逃れることが出来ない。いくら芸術気分を装って写真を制作しても、である。
北海道の先住民、アイヌは文字を持たなかったし、絵を描くという文化も持たなかった。ウエペケレなど、長い話を口承によって語り継いたのである。今でこそ、それを録音し記録することは可能であるが、アイヌにとってもともと、そういう概念はなかったであろう。和人が蝦夷(北海道)を開拓して後、争いにより、わずか500年程でアイヌの文化が消えようとしている。
アイヌにとって記録とは何であろうか。記録という概念はあったのか。形としての記録は残さなかったかもしれないが、頭や心で大切なものを受け継いでいったのではないか。現在、アイヌ語を文字に置き換えて残し、話を録音により残そうとしている。民族資料館やインターネットでアイヌのことを調べることが出来る。しかしアイヌにとっての記録という意味でアイヌ文化を見たとき、そこに成否を問えないのである。
写真を文化としてみたとき、記録という化け物から逃れることは出来ない。が、その形や概念を変えてみたり、変える可能性は有ると思う。
2007年06月06日
意味のない写真
25年以上も前に私が撮影したダンボール箱の写真。ダンボール箱を組み立て輪切りとし、回りを麻紐で囲み糊付けした物を撮影しただけである。このような写真に一体どんな意味があるというのか。撮影前に実際自分自身でオブジェを作っているのである。撮影後、そのオブ ジェを破棄した。自分にとってはそのオブジェに興味があるのではなく、写真自体に興味があるのである。段ボール箱という箱物、繊細な麻紐、古びた畳、奥に広がる暗闇。それら質感は写真の中で均一に平面となり、延ばされる。写真に写っている事はそのオブジェが実際存在し、誰かが造ったという事だけである。そのオブジェ自体やそれを撮影した写真自体にどのような意味が見出されるのか。
はっきり言える事は、そこには意味ではなく、事実があるという事である。通常写真を見る時人は、撮影者のことを知ろうとするであろうか。写真が当然のことのように溢れ出す時代に「作品」と呼ばせる写真とは何であろうか。
2007年06月04日
苫小牧のごみ
我が家の家族は全員WWF(世界自然保護基金)の会員です。だから環境問題には多少の興味をもっている。当然、スーパーにはマイバッグを持って行きます。
北海道
苫小牧市
の郵便番号は053-○○○○。そこにちなんで苫小牧市はゴミ・ゼロの街をうたい目指しています。我が家は苫小牧市に来る前の長い期間、埼玉県の所沢市に住んでいました。苫小牧市に移り住んだ当初私たちはゴミの分別に戸惑を感じたのです。苫小牧市では「燃えるゴミ」とは『燃やして良いか否か』ではなく、『燃えるか否か』なのです。市の印刷物でも皮製靴は燃えるゴミとなっています。当初私たちは所沢流でプラスチックフイルム等細かく分別していたのですが、ここ苫小牧市では全く意味を成さないのです。
北海道苫小牧市では環境を配慮したゴミ対策ではなく、とにかくゴミを無くせば良いのです。所沢市から移り住んで4年、全くその姿勢に変化はありません。
一時期絵画を描いていましたが量が増え、部屋の半分を占拠するまでになってしまいました。所沢での借家は湿気が高くカビが発生しやすく絵画作品の保管には泣かされ、その大半はカビにやられゴミとなり処分する羽目となってしまったのです。一方、写真ネガについては無酸性紙ケースを使う等、細心の保管をしてきた為、現在も30年程前のネガが綺麗に残っています。
エジプト美術で4600年程前の壁画(メイドゥームの鴨)が現在も残っている。ボッティチェルリの「ヴィーナスの誕生」にしても500年程前の絵画である事を考えると美術の力を感じてしまう。写真については歴史が浅い事からタルボット(Fox Talbot)の「自然の鉛筆」にしても160年程しか経っていない。しかし現在、デジタル化を向かえ写真の寿命は飛躍的(半永久的)に向上した。デジタルによる絵画も存在するが、現段階では絵筆による絵画とは一線を画している。絵画は写真の誕生とともに大きく変化を遂げた。今デジタル写真の普及に伴い絵画はどう変わろうとしているのでしょうか。
2007年05月30日
生と死
暗かったり明るかったり、止まったり進んだり、苦しんだり楽しんだり、・・・は出来る。
しかし、死んだり生きたりは出来ない。
死は生の否定である。が、生は死の否定ではない。生きていることを知るために死を知る必要は無い。死とは消極的な意味以外の何物でもない。消極的ということはその個人にとって死からは何も生まれない。人間は考える生き物であるが考えすぎる生き物でもある。
生は死を知る必要が無い。が、死は生が存在してこそ成り立つ事象である。個人(自分)は他者(時に他物)が存在してこそ成り立つ。しかしその中心は個人(自分)なのである。生き物は自分のために生きなければならない。その結果が輪をなして回っていくのである。
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